イメージが先行している?

「最近は物騒な世の中になった」とか「最近は治安が悪化している」という声を聞いたりしませんか?特にご高齢の方を中心に「昔はよかった」という声があるのは今も昔も変わりません。でも、若年層にも同じことは言えるのです。イメージが先行しているばかりに、実態が見えていない、実態を見たら「結構、いいんじゃない?」と思うことがあります。

例えば先の例で言うと、物騒な世の中になった・・・データで見ると犯罪件数は平成29年は戦後最小でした。警察白書にしっかりと書いてあります。平成14年と比較して約1/3に減少しています。これのどこが「物騒な世の中」なのでしょうか?

やはりテレビ、ワイドショーなどで凶悪犯罪が大々的に取り上げられているため、治安が悪化しているイメージがついているのでしょう。人間のもつイメージなんてそんなもんです。

実は「イメージ先行」は自治体も同じです。あそこの自治体が住みやすい、あそこは不便・・・というイメージが先行しています。じっくり比較すると「イメージ程悪くない」というより「イメージと全然違う」ということがあり、新鮮な驚きがあります。でもイメージ先行しているため、地価にびっくりするくらいの差があります。つまり「掘り出し物の自治体」がこの世の中に存在するのです。

リノベーションの視点から言うと、このような自治体こそ「新しい価値観」を付けてPRするチャンスです。地元の人にはわからない魅力があるのです。それを引き出すような手伝いが出来たらいいなと思っています。

親族と絶縁して困ることは?

実はこれと言って特にありません。特にお互いに遠方に住んでいる場合はなおさらです。毎年お正月に実家で2時間程度顔を合わす程度だと仮定すると、今後10年間で20時間しか一緒に過ごさないことになります。

家族とはそれこそ24時間一緒にいることもありますが、別に遠くにいる親族であれば年1回の2時間程度なら、まず日常生活に影響はありません。ハッキリ言えば普段から「絶縁に近い状態」です。お互いに嫌いあっていないという関係でしょう。

この年1回の2時間を良好に過ごしたいがために、何百万円と言う財産を放棄することができますか?「年1回2時間と何百万円、どちらを取りますか?」という質問の方がいいでしょう。よほどお金に困っていなければ後者を選ぶのが普通だと思います。私もそうです。自分の子供の教育費用や住宅ローンの支払もあります。年1回の2時間を良好に過ごすことより、現金の方が自分にとって効用が高いのです。

そして何より、年1回2時間は「別にあってもなくてもどちらでも構わない」のです。相続でモメる時は相手も「絶縁覚悟」で臨んできます。本性を出すと言いますが、それだけ相手も本気なのです。何とか相手より優位に立ち自分に有利なように進めてくるでしょう。大金がかかった交渉ですからね。不動産の価値なんかもふっかけてくるでしょう。知り合いの不動産屋に聞いた、とか無料査定がどうとかです。

不動産の鑑定評価書があれば相手の主張より上回れます。裁判でも採用されるのが不動産の鑑定評価書ですから。裁判で「知り合いの不動産屋に聞いた…」という主張が採用されると思いますか?仮に裁判所が採用しようと思ったら合理的な根拠が必要になります。裁判官の立場で考えるとどちらが「合理的な根拠」と言いやすいでしょうか?

不動産の鑑定評価をすると「費用が掛かる」のがデメリットという記事もありますが、逆です。「費用をかけることができる」というメリットがあります。タダで手に入る情報には、同じくタダで手に入る情報で対抗されます。タダですから真偽のほどは分かりません。

考えただけで不毛な争いになりそうですね。

うつ病の原因 ~相続~

相続が原因でうつ病になってしまうことがあるそうです。お金が絡む人間関係ですから、いったん揉めだすと本性がむき出しになってくるでしょう。特に遺産の金額が大きければ大きいほどそうなるでしょう。特に話す相手は取引先の人でもなければ企業でもありません。「おじさん・おばさん」や「兄弟」、つまり親族です。普段から話ができる人ならいいのですが、疎遠になっている親族なんて珍しくありません。その人たちとお金の話をするなんて…あまり考えたくもないです。

仲がよかった兄弟や、小さいころに遊んでもらったおじさん、おばさんとお金の話をするのです。それがもしネガティブな方向に話が進んだらどうなるのでしょうか?その渦中にいたら、悩むと思います。場合によっては親戚間で悪口の応酬になるかもしれません。「過去の話」を持ち出されるでしょう。

相続問題が現実になるのは50代~60代あたりでしょうか。会社でもそれなりのポジションにいると思います。逆にそれなりのポジションだからこそ、きれいな解決をしなくてはならないという思いがあるかもしれません。高齢の親戚から「あの会社の〇〇部長なのにがめつい」とか言われてしまうかもしれませんね。相続と会社のポジションなんかまったく関係のない次元のお話なのですが、悪口を言う時はそんなもんです。心無い言葉が心に来ますよね。

では、どうするのがよいでしょうか?簡単です。相続する親に決めてもらえばいいのです。これは財産の大小に関係なくです。元気なうち(認知症になる前)に決めてもらいましょう。特に不動産がある場合はなおさらです。奪い合いではなく押し付け合いになるかもしれません。不動産を押し付けられた上に、代償分割として他の相続人から「現金で見合い分をよこせ!」と言われてしまいます。その分は親と協力して生命保険で用意しましょう。でもやり方を間違えると痛いことになります。不動産鑑定士&相続診断士の私であれば適切なアドバイスができます。

相続に対する考え方の違い

不動産鑑定士としてお客様とお話しする中で、やはり相続に対する考え方が違っています。特に思うのは「自分が死んだ後は自由にしていい」という方が多いことです。裏を返すと「自分が死んだあとは自由にしていい。でも生きている間はダメですよ」です。
相続セミナーの案内を見ていると「遺言を残す」とか「相続税について」「相続税と不動産」とかの内容が目立ちますが、遺言を残すためには財産分割が必要です。特に不動産がある場合は、その価値を決めなくてはなりません。また、相続税については完全に亡くなった後のお話です。そして相続税を払うのは自分ではありません。相続する人たちです。もっと言うと「相続税がかからない人」の方が多数です。資産家以外は相続は関係ないとでも言いたいのでしょうか??

私が金融機関に勤務していた時は「多重債務・クレジットサラ金問題」から勤労者を守る活動をしていました。なぜか?大切な職場の仲間を守ること、会社にとっても社員が借金問題で頭がいっぱいになってしまうと、いい仕事ができないばかりか周囲に悪影響を与えかねません。でも今は「借金苦で自殺」という話はあまり聞きません。改正貸金業法の施行や「借金問題は解決できる」ことが広く知られるようになりました。また、多重債務は全員が必ず直面する問題ではありません。やむにやまれぬ事情に起因することもありますが、「飲食やギャンブルなど自己の遊興目的で借金を重ねた人たちをなぜ救済しなくてはいけないのか?」というすっきりしない心情や、人に言い出せないという言わば「ネガティブな側面」が大きい問題です。

相続は違います。言葉は悪いですが「何もしていなくてもいつかは直面する問題」です。多重債務問題のように「自分は関係ない」と言えません。むしろそう思っている人の方が危ないかもしれませんね。多重債務問題は「自分と貸金業者」の問題ですが、相続は「自分と相続人(家族)」の問題です。お金の問題ではなく人間関係の問題です。それだけに完全解決が難しく、また一旦家族間で亀裂が入ってしまうと「絶縁」になってしまうかもしれません。

私も小学生の子供が二人いますが、二人が並んで寝ているのを見ると言葉にできない幸せを感じます。イライラしていても笑顔になります。そんな二人が将来自分の財産をめぐって「絶縁」になる・・・そんな結末は望んでいません。自分としては少しでも多くの財産を残してあげたいとも思いますが、逆にそれが何十年後かに「子供たちの絶縁」を招く可能性を高めるのです。そうならないためには、自分が元気なうちに方向性を示すことが大切です。費用をかけてでもやるべきでしょう。子供たちが自分が死んだ後も「笑顔」で仲良くしていてほしいならなおさらでしょう。

地銀の経営とお金の概念

スルガ銀行の最終赤字が1000億円を超えるというニュースがありました。それだけでなく多くの地銀が減収になっており、その将来性についても不安がる声があがっています。私たちが銀行とかかわるのはATMがメインだと思いますが、ATMは「オートメイテッド テラーズ マシン」の略です。日本語にすると「現金自動預払機」とも言います。つまり主に現金を取り扱う機械です。もちろん通帳の記帳も振込もできますが、これだけネットバンキングが発達すると、「ATMを使って現金…」なんて時代遅れに思えてきます。

そんなこんなしている内にも時代はどんどん流れます。銀行を介さない取引、代表的な者には「LINE PAY」があります。スマホがあればOKというものです。財布を忘れるよりもスマホを忘れる方が痛い!そんな時代です。そしてその時代を過ごしている人たちがどんどん世の中の中心になっていきます。金融機関と言うインフラが必要なくなる・・・もしかするとそんな時代の入り口かもしれません。10年前にはLINEというサービスはありませんでした。10年後にはどうなっているのでしょうか??

そう思うと「お金」は現金と言うよりも単なる「概念」と捉えることもできます。不動産の鑑定評価も貨幣額で表示をしていますが、その鑑定評価額で現金化できるかと言うとそういうものでもありません。いくらで取引されているか?という視点もありますが、使ったらいくらくらいの収益が出るか?という視点、どのくらいの費用が掛かるのか?という視点も盛り込まれています。
貨幣額でなくポイントで表すこともできなくもないでしょうが、世間全体の価値観の中でどの位置にあるか?を見る上では分かりづらいだけです。そのポイントを世間共通の単位に置き換えなくてはなりません。それが「貨幣額に表す」ということです。

「LINE PAY」はスマホを落としたらどうなるか?とかアプリを削除したらどうなるか?など色々考えることはありますが、それは「財布」に置き換えても同じことでしょう。もうお金は「現金」ではなく機械上の概念ですね。しかもスマホ上の…。

「今あるものを活かす」という発想

この前子供の運動会の応援に行ってきました。自分の頃と大きく変わったのが全体で行う準備体操です。自分の時は当たり前のように「ラジオ体操第一」でした。体育委員長が朝礼台の上で指揮を執っていましたね。今は違います。WANIMAの「やってみよう」という曲に合わせて、ダンスと準備体操を組み合わせたような形で全体体操をしていました。この「やってみよう」という曲はAUのCMでも流れているみたいですが、自分は知りませんでした・・・一応AUユーザーなのですが。まぁそんなもんです。

この「やってみよう」という曲は、その時初めて最初から最後まで聞いたのですが、テンポも良く歌詞も前向きでいい歌だなぁと思いました。気になって家で調べたら「ピクニック」という曲のカバーと言うか、歌詞を変えた曲でした。ピクニックという曲は自分が子供のころから知っている歌でしたし、確か遠足の時にも歌ったことがあります。それなのに…30年以上も経過すると&歌詞が変わるとこうも印象が変わるのかと驚きました。

でもこれも「今あるものを活かす」という発想、つまりリノベーションの発想そのものではないかとも思います。ピクニックと言う曲もいい曲であることは間違いありません。それが年の経過とともに歌わなくなり自分の中でも忘れていた存在、価値がない存在になっていました。そこへ、子供の運動会で聞いた「生まれ変わったピクニック」になっていたという衝撃は大きいです。リノベーションも同じです。古くなって価値がないと思われていた、でもそこに新しい考えや命を吹き込むことでまったく新しいものに生まれ変わるのです。そしてそれが多くの共感を呼びます。

空き家が古いから価値がない、昔の建物やデザインだから価値なんかない・・・と思わないでほしいのです。正しいリノベーション(リフォームではありませんよ)で、新しい命を吹き込むことでオンリーワンの価値になります。そう思うと、今の空き家も楽しみな素材ばかりと言うことができるかもしれませんね。

マイホームセミナーって何??

不動産鑑定士と不動産屋を混同されるケースがまだまだ多いです。不動産鑑定士は「不動産の売買・仲介等はしませんよ。」と説明してもピンと来ていただけないものです。不動産鑑定士の存在自体が「ピン」と来ないのでしょう。これはこれで何とかしないといけませんが…。
お客様と話していると「子供が家を買うと言っているが、掘り出し物はないか?」とか「いい物件の見分け方を教えて」とか聞かれます。ハウスメーカーや金融機関などで開催しているセミナーに参加されたらどうですか?と話すのですが、あまりいい顔はされません。その後のお話の中で「もっとエグイ内容」を望まれているようでした。

「エグイ内容」と言われても困るのですが、お客様が言わんとしていることは分かりました。また、お客様も現在住んでいる自宅が将来的に空き家になる可能性があり、子供がせっかく新たに土地を買って家を建てても、何十年後かに空き家の仲間入りになるのではないか?と心配されていました。最終的には「私にセミナーをやってよ!」という結論になりました。

当初はあまり本業に結びつくとも思えませんでしたので後ろ向きでした。でも発想を変えて、どうせ結びつかないならそこはそこで割り切って「攻めた内容のセミナー」ができるのではないかと思い、来年の1月に実施しようと計画しています。

タイトル・内容とも(仮)ですがタイトルは「家づくりに自分基準を作る勉強会 ~10・20年後にフォーカス編~」です。
内容は
「①将来 住んで良いまち・悪いまち ~自治体の未来をビッグデータで分析~」
「②せっかく買っても将来”無価値”になる!? ~立地適正化計画について~」
「③「空き家」活用の落とし穴 ~リフォームとリノベーションの違いを解説~」です。

あまり大々的にPRする予定はないのですが、ご興味があれば連絡ください。出張で開催することもできます。

リノベーションスクールに参加してきました

11月9日から11日まで、「第6回リノベーションスクール@浜松」に参加してきました。リノベーションスクールと聞いてどんな内容を思い浮かぶでしょうか??私はほぼほぼ予備知識ゼロで参加しました・・・。
リノベーションは空き家をリフォームすることではありません。もっと大きな意味があります。講師の方の言葉を借りると「リ・イノベーション」です。

それはそれとして、スクールと名前があるので「3日間の集中講義(9時から18時)」だと思っていました。その中でグループで話し合いをして進めていくものだと思っていました・・・。予備知識ゼロの怖いところです。全然違いました。いわゆる「ガチ」です。自分よりも若い人たちが、夜ご飯も食べるのを忘れ深夜まで話し合いをし、空き家を活用してどのような事業ができるのか、何をしたいのかをカタチにしていました。すごい熱量です。圧倒されました。そんな中私は、終電で帰宅する「すっとぼけキャラ」でした。みなさん、すいません。

よく中古住宅の案内を見ると「リノベーション済」とありますが、実際は「リフォーム済」です。リノベーションされた物件には作り手の想いがギュッと詰まっています。そこには「提案」があります。また、ただ新しい何かを加えることだけがリノベーションではないとも思っています。古い物件をきれいにして高付加価値を生む・・・これはこれで大切な視点ですが、私は違う方法もあると思っています。都会では「ひとり親の貧困」が問題になっています。収入も低く、満足な食事が給食だけと言うこともあります。
地方には空き家がたくさんあり、今後も増えていきます。一方、人口減少にも悩んでいます。空き家を空き家として利用しつつ、安い賃料で貸し出すことができれば、ひとり親の貧困問題解決の一助になるのではないだろうかと考えています。都会に住む「ひとり親家庭」を人口減少に悩む「地方」に移住してもらう。そこには安く住める「空き家」があり、正社員としての働き口もある。そんな「ひとり親家庭」に優しい街があればいいなと思います。

「リスク」と「危険」の違いについて

よく不動産の話をしていると「どのようなリスクがありますか?」と聞かれます。その際に私から聞くことは「話されているリスクとは、不確実性のことですか、それとも危険性のことですか?」と質問しています。
大体皆さん「何それ?」という表情をされます。そして、大体の場合、リスクは危険性のことと認識されています。まあサッカーの試合を見ていても「リスクと取って攻めに行く時間帯ですよ!」と熱く語る解説者もいます。ここでいうリスクは「逆にカウンターを受け失点してしまうかもしれない」を指しているのでしょう。

実はこれ、「リスク」ではありません。危険性のお話です。なぜなら、カウンター攻撃を受け失点しても「1点」です。もしこれが「カウンター攻撃を受け失点したら、何点の失点になるか分からない…。でも、成功した時も何点もらえるかわからない。」のであれば、リスクです。サッカーではどんなに失点しても「1点」です。逆に得点しても「1点」です。「シュートが決まったら一気に5点も取られる」ことはありません。
まとめると「どんな危険を冒して攻めても、カウンター攻撃で失点するのは「1点」、つまりマイナスの程度が確実に分かっています。

分かりやすい例を紹介します。お子様のために新しいうどんメニューができたとします。おいしくて気に入るか、まずくて気に入らない…どっちの結果になるでしょうか?これが「リスク」です。なぜなら、食べてみるまで結果について確実なことは言えないからです。自分はおいしいと思っていても、子供が「自分の好きな味ではないからイヤ」という可能性もあります。
次に「危険」です。それが熱々のうどんだった場合は、何が考えられますか?「食べたらやけどする、子供がこぼしてしまうと手や足にやけどをする」など、確実にこうなるであろうという結果予測ができます。でも冷めてればどうですか?少なくともやけどはしませんよね。それも確実な結果予測ができます。

つまり「危険」は予測して回避することができることです。「リスク」は、やってみないことには結果がどうなるか分かりません。確実にこうなる!ということは言えないのです。「熱いからふうふうして食べるんだよ」でやけどの危険は回避できます。しかし、せっかく作ったのに子供が気に入ってくれるかどうかは、食べてもらうまで分かりません。これが「リスク」です。
「危険」と「リスク」の違い、少しは役にたちましたでしょうか?

「特定空き家」とは何か??

空き家問題については、テレビや週刊誌などでも取り上げられていますが、その中で「特定空き家」という言葉が出てきます。イメージとしては「ボロボロの家」というところでしょう。
正確に言うと、つまりお役所的な表現をすると「特定空き家とは、①そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態 ② そのまま放置すれば著しく衛生上有害となるおそれのある状態 ③適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態 ④その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態 にある空き家」です。

とっても簡単に言うと「近隣住民も不安がっているから、早く取り壊してほしい空き家」です。空き家は誰も住んでいません(当たり前ですが…)。所有者は遠方に住んでいたりすると、いわゆる「近隣住民の目」を気にすることはないでしょう。気にしていたら放置せず何とかしようとしているはずです。何かしようと思ったらお金もかかりますが、それを近隣住民が負担してくれるわけでもありません。結局放置されます。

そこで、自治体が「早く壊してほしい家」として指定できるようになりました。役所の人が「近隣住民も不安がっているから、何とかしてよ(←本音は取り壊してほしい、ですがリフォームなどの方法も考えられるのでこんな表現でしょう)」と、強いお願い(勧告)をされます。
お願いなので、聞くか聞かないかは所有者の判断です。理論上は「イヤ!」と言うこともできます。が、実際は断ると強権発動(措置命令)されます。過料か行政代執行(自治体が取り壊し、費用を所有者に請求)されます。

さらに、建物がなくなると土地は更地です。固定資産税の優遇がなくなりますので、税額が6倍になります。解体費用を負担し、固定資産税の増額(←役所的な表現では、軽減措置がなくなる)と相成ります。
不動産における「要注意人物」といったところでしょうか。

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